大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所倉敷支部 昭和55年(ワ)223号 判決

原告

株式会社メガネの三城

右代表者

多根良尾

右訴訟代理人

河野勝典

被告

古谷常男

右訴訟代理人

開原真弓

渡部邦昭

大本和則

被告

メガネの田中チェーン株式会社

右代表者

田中登志子

主文

一  原告と被告らとの間において、原告が、別紙物件目録(一)(1)記載の建物のうち同目録(一)(2)記載の専有部分につき、賃借権を有することを確認する。

二  被告らは原告に対し、各自金七〇万円とこれに対する昭和五五年一二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、被告らの負担とする。

五  この判決は、二項につき、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1の事実〈注・旧建物についての賃貸借契約締結〉は、原告と被告古谷との間においては、争いがなく(但し、本件賃貸借契約自体が締結されたのは、〈証拠〉によれば、昭和四三年七月一〇日である。)、原告と被告田中との間の争いにおいては、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

二同2の事実は、原告の旧建物についての賃借権が本件店舗に権利変換され、原告が本件店舗に対し賃借権を取得したとの事実を除き、原告と被告古谷との間においては、争いがなく、原告と被告田中との間では、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

三1 ところで、都市再開発法によると、権利変換手続によつて旧建物に対する賃借権が本件店舗に対する賃借権に権利変換される旨規定されているが、同規定はもとより賃貸人、賃借人間の実体上の権利の存否を確定するものではなく、当該権利が存在することを前提としての規定であるから(同法七三条四項)、原告に旧建物から本件店舗に権利変換されるべき賃借権が存するか否かは、本件特約の解釈にかかつてくることとなる。そこで、被告古谷の抗弁のうち、特約に基づく賃借権の喪失の主張について判断する。

(一)  抗弁1の事実〈注・判示一の特約の存在〉については、当事者間に争いがない。

(二) 〈証拠〉によると、被告古谷は、本件紛争発生後の昭和五五年一〇月三〇日、原告に「建物明渡請求に関する通告書」を送つて、本件特約を根拠に、原告の旧建物に対する賃借権は既に喪失し、本件店舗に権利変換されるべき賃借権は存しない旨主張し、本件店舗の明渡を要求していることが認められる。しかし、それ以前に被告古谷が原告に対し、本件特約ないしはその趣旨を根拠として旧建物に対する賃借権の喪失を主張し、或いは本件店舗に権利変換されるべき賃借権の存在しないことを主張した事実を認めるに足りる証拠はなく、かえつて、〈証拠〉によれば、原告は、本件再開発事業のため、昭和五三年一一月末ころ、旧建物での営業を停止して、同建物から退去したが、その約半年程前の同年六月ころ、被告古谷から、賃料を従来の月額金四五万円から四八万円に値上げして欲しい旨要求され、その際、被告古谷から旧建物解体後新建物完成までの間倉敷市から賃料補償が入るので、多額の補償がもらえるよう協力して欲しいと頼まれたこと、そこで、右賃料は、原告と被告古谷との交渉の結果、月額金四六万円に増額されたところ、原告が旧建物を退去した後である昭和五四年七月になつて、被告古谷から原告に対し、原告が賃料増額請求に満足な回答をしないことなどを理由に、原告が自ら契約を破棄したものと解するから、旧建物を原状回復して返還する様にとの要求があり、続いて同年八月には、話合で円満に解決したいとの申出が被告古谷からあつて、結局、昭和五五年一〇月に東ビルが完工し、同年一一月一日のオープン直前に至るまで、原告と被告古谷との間では、賃料等賃借条件をめぐつて交渉が続けられたこと、被告古谷はその間、原告が倉敷市と直接交渉し、被告古谷に無断で東ビルの割当場所を決めたと言い立てて、しばしば原告や倉敷市を非難し、割当てられた本件建物の位置や面積に強い不満を示して、倉敷市を相手に抗争したいとの意向を洩らすことがあつたが、他方、原告に対し、本件特約を根拠に賃借権の存在を否定するようなことは一度もなかつたこと、被告古谷は、権利変換処分についての通知がなされた昭和五三年九月ころ、倉敷市に対し、市が被告古谷をさしおいて先に原告と交渉したと主張し、抗議を申込んだことがあるが、このときにも、原告に賃借権がないとは言つていないこと、被告古谷は、娘の古谷礼子と二人暮らしであるが、同女は原告の従業員で、東ビル工事中は原告の岡山店に勤務し、東ビル完工後は、本件紛争の発生する昭和五五年一〇月三〇日ころまで、本件店舗でオープン準備作業に従事していたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。これら事実によれば、被告古谷自身、本件紛争発生までは、本件特約によつて原告の旧建物に対する賃借権が喪失すると考えたことはなく、本件賃貸借契約の存続を前提として行動していたものと認めるのが相当である。

(三) そして、前記各証言によると、本件特約が締結された昭和四三年ころは、未だ都市再開発法も制定されておらず、倉敷市が本件再開発事業を策定する以前のことであつて、原告、被告古谷ともに、当時は、いずれ近い将来再開発事業が行われるであろうとの漠然とした認識しか有していなかつたことが認められる。

(四) 右(二)、(三)の各事実を総合すると、本件特約の該当部分は、原告が主張するように、公益事業のための買収等により賃借目的物自体が消滅し、賃貸借の継続が不能な場合の一般的な条項を定めたものにすぎず、従つて、本件のように権利変換手続によつて旧建物についての権利が新建物に変換され、権利関係が継続しうる場合には、本件特約の適用される余地はないものと解するのが相当である。

従つて、その余の判断をするまでもなく、被告の前記主張は失当である。

2  次に、被告古谷の抗弁のうち原告の特約違反行為の主張について判断するに、被告古谷が原告を、同人は倉敷市と直接交渉し、無断で権利変換手続をとつた者であるとして、しばしば非難していたことは、既に認定したとおりであり、被告古谷は、原告が実際に倉敷市と直接交渉していた旨供述するが、右供述は前記〈証拠〉に照らし、たやすく信用することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも、借家人に対する補償について、原告が市と契約のうえこれを受領したことは、原告の自認するところであるが、本件特約がこのような借家人たる原告固有の権利に属するものの交渉まで禁じたものと解するのは相当でなく、また、そこまで禁じたものと認めるに足る証拠もないから、本件特約の効力は右補償についての交渉には及ばないものというべきである。

従つて、前記被告古谷の主張も理由がない。

3  してみると、被告古谷の抗弁は全て失当として排斥を免れず、原告は権利変換手続によつて本件店舗に対する賃借権を取得していることになるから、原告が被告らに対し賃借権確認を求める本訴請求は理由がある。

四1  請求原因3の事実中、原告が本件店舗を現に使用していること、被告らが原告主張の日に本件店舗について賃貸借契約を締結したことは、当事者間に争いがない。被告古谷が本件店舗の明渡し要求をしたことは、原告と被告古谷との間において争いがなく、原告と被告古谷との間においては、〈証拠〉によりこれを認めることができる。その余の事実については、〈証拠〉により全てこれを認めることができる。

2 〈証拠〉に、既に認定した諸事実並びに右争いのない事実を総合すると、被告古谷は、東ビルオープン直前の昭和五五年一〇月二九日ころ、原告に対する前述の不満から、本件店舗を同店舗に隣接して出店することになつていた原告の同業者である被告田中に貸そうと考え、同被告に話をもちかけたところ、たやすく話がまとまり、同日、仮契約書がとりかわされて、被告田中から被告古谷に対し、金一〇〇〇万円が権利金の内金として支払われたこと、被告らは当時ともに、原告が既に本件店舗の内装工事等オープン準備にとりかかつていて、同店舗を占有使用中であることを知つており、そのため、後日の紛争に備えて、原告に対する明渡の方策や弁護士依頼の段取り、その経費を均等負担することなどを協議し、その旨を仮契約書にも規定していること、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実及び既に認定した諸事実によれば、被告古谷は、現に本件店舗を原告に賃貸中であるにもかかわらず、原告に対する不満から(しかし、原告が被告古谷に無断で倉敷市と交渉をしたとの被告古谷の不満が当を得たものでないことは、既に認定したとおりである)、オープン直前の原告にとつては重大な時期に、原告が本件店舗のオープン準備中であることを熟知しながら、本件店舗を原告のライバル業者である被告田中に故意に二重に賃貸し、原告の賃借権を否定する挙に出て、その追出しを画策したものと認めるのが相当であり、一方、被告田中も、原告の同業者として、原告が右オープン準備中であることを熟知しながら、被告古谷から話がもちかけられたのを奇貨とし、原告追出しの目的で、自由競争の許容される範囲をこえて本件店舗を賃借し、積極的に被告古谷の不法行為に加功したものと認められる。従つて、被告らは原告に対し、共同不法行為者として、その蒙つた損害を賠償する責を負わなければならない。

3 そこで原告の蒙つた損害について判断するに、慰藉料については、本件全証拠によるも、法人である原告が金銭賠償に値する程の無形の損害を蒙つたものとは未だ認め難い。従つて、原告の慰藉料請求は失当である。次に、弁護士費用については、前記認定の事実関係の下では、原告は自己の賃借権擁護のため本件賃借権確認の訴を提起することを余儀なくされたものと認められるから、被告らは相当な範囲の金額について各自その損害を賠償せねばならないところ、〈証拠〉によると、原告は本件代理人に本訴及び本訴に関連した占有妨害禁止仮処分事件の追行を委任し、その着手金として金三八万一七七〇円を支払い、かつ、報酬金として金七〇万円の支払約束をしていること、本件店舗の標準賃貸価額は坪当り月額金一万五〇〇〇円であることが、それぞれ認められる。そこで、これに本件事案の難易、審理経過等を併せ考えると、被告らの不法行為と相当因果関係を有するものとして被告らに請求しうるべき弁護士費用の額は、金七〇万円とするのが相当である。

そうすると、被告らは原告に対し、各自右損害金七〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年一二月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うものといわなければならない。

五結論

以上の次第で、原告の被告らに対する本訴各請求は、右認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。 (生熊正子)

物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例